3月28日AJEQ研究会報告 Rapport de la réunion d’études de l’AJEQ(4/1)日時:3月28日(土)16:00~18:30 le 28 mars 2016
場所:立教大学 6号館 6206教室 Université Rikkyo, Bât. 6, Salle 6206
1 小松祐子(筑波大学)「ケベックと他のカナダ・フランス語共同体との関係」
2 Robert TRUDEL(特別ゲストSecrétaire général-Québec, Comission franco-québécoise sur les lieux de mémoire communs) « Le cadre général des relations France-Québec, depuis 50 ans, des années 1960 à nos jours »(1960年代から今日までの半世紀にわたるフランス・ケベック関係の全体的枠組)
1 小松祐子会員の発表「ケベックと他のカナダ・フランス語共同体との関係」
ケベック以外のカナダのフランコフォン人口は約100万人で、ニューブランズウィック州のアカディアンやケベックに隣接するオンタリオ州のフランコフォンが多いが、他州にも少数派共同体として各地にフランコフォンが存在する。カナダ統計局の資料によれば、1951年から2011年までにカナダのフランコフォンが人口に占める割合は約11%の減少を記録している。しかし、そのなかでケベック州だけは約3%の増加となっている(101号法の成果がうかがわれる)。このように状況の異なるケベック州と他のマイノリティのフランコフォンとの関係を検討するのが今回の研究会のテーマであった。
研究会では、両者の関係について簡単な研究史の紹介、歴史的経緯、現在の協力関係(とくに鍵となる組織)を概観した後、ケベック州と他州フランコフォン共同体との関係の複雑さを理解するための事例として、2015年1~2月にカナダおよびケベックのメディアを賑わせたユーコン準州のフランス語学校の入学許可に関する問題を紹介した。
両者の関係については、1990年代から検討が開始され、詳しい研究はいまだ限られるが、2014年AJEQ大会の招聘講演者マルセル・マルテル教授の著作が歴史的観点からの研究として代表的である。マルテル教授が「奇妙な関係」と呼ぶ両者の関係については、1960年代以降、「緊張」「引裂かれ」「孤独」といった語によりしばしば表現されてきた。が、21世紀を迎え、新たな関係を予告する者もいる(J.-L.Roy, 2001)。
両者には、かつて仏系カナダとしての共通のネイション意識が存在し、宗教界、民間ネットワークによる協力が盛んであった。しかし20世紀後半両者は徐々に別々の道を歩み、1967年の仏系カナダ大会を境に仏系カナダというアイデンティティは消滅し、各地のコミュニティごとのアイデンティティが模索されることとなった。60年代以降、ケベックは自州のアイデンティティ確立、とくに主権問題や国際舞台への進出を優先課題とし、他州フランコフォンを顧る余裕はなかった。一方、他のフランコフォンらは1975年Fédération des francophones hors-Québec (その後91年にFédération des communautés francophones et acadienne du Canadaと改称)を設立し結束を固めた。
「静かな革命」以降のケベックでは、州政府(Etat)による社会整備が強化され、その成果は社会のフランス語化に大きく表れているが、フランコフォンとの関係についてもEtatが極めて重要な役割を果たすようになった。かつての宗教ネットワークにかわり、政府による協力が今日重要な位置を占めている。ケベック州のSAIC(Secrétariat aux affaires intergouvernementales)が他のフランコフォン共同体組織との対話者となり、90年代後半以降、各種支援プログラムを実施している。またケベック州政府は2008年にCentre de la francophonie des Amériquesを開設し、アメリカ大陸全体のフランコフォニーに対する責任を果たそうという意欲を示している。このように州政府主導の活動が前面に見られる一方で、20世紀前半から活動する民間ネットワーク組織(例としてAssociation canadienne d’éducation de langue françaiseを挙げた)も続けられている。
もう一つのEtatである連邦政府の介入も、少数派フランコフォンとケベック州との関係を複雑にしている。1969年連邦公用語法による連邦政府の公用語プログラム、1982年「権利及び自由に関する憲章」23条による教育権に関する規定が挙げられる。
23条をめぐっては、複数のフランコフォン共同体が各州政府を相手に訴訟を継続中であるが、なかでもユーコン準州政府とフランス語教育委員会とが争うカナダ最高裁での係争について、2015年1月にケベック州政府が行った介入が注目を浴びた。ケベック州は州内の公用語マイノリティであるアングロフォンへの影響を恐れて、他州フランコフォンの立場を支持できない事情がある。
フランス語憲章から約40年を経て、州内のフランス語化にひとまずの成功を収めたと思われるケベック州に対しては、他州で英語化の脅威に苦しむフランコフォンに対する支援の期待が高まるが、自州の状況に常に警戒を怠ることができないケベック州の状況、そしてEtatに頼る協力の制度上の限界もが理解されるのである。(文責:小松祐子:本発表は2014年度小畑ケベック研究奨励賞の助成を受け、2015年2-3月にケベックにて行った調査の成果をもとにしたものである)
2 Robert TRUDEL氏の講演Le 28 mars 2016, lors de son passage à Tokyo, M. Robert Trudel, ancien premier conseiller politique à la délégation générale du Québec à Paris (2004-2008) et actuel secrétaire général-Québec de la CFQLMC (2015-), a bien voulu venir à la réunion d’études de l’AJEQ et donner une conférence sur le développement des relations franco-québécoises depuis 50 ans ainsi que les activités de la comission. Une quinzaine de membres de l’AJEQ ont participé à la réunion et la conférence a été suivie d’une discussion passionnante.
2月初め、学会事務局に「フランス=ケベック共通の記憶の場委員会」のケベック側事務局長Robert Trudel氏から講演の申し出が舞い込んだ。あいにく大学で講演会を開催するのが難しい時期だったため、今回の研究会にお招きすることになった。Trudel氏は長年ケベック州政府国際関係省に勤務し、ヨーロッパ各国の代表事務所勤務を経験した方である(2004年~2008年、在パリ代表事務所)。「共通の記憶の場委員会」は1997年にフランスとケベックのあいだで発足した委員会で、氏は2015年からそこのケベック側事務局長を務めている。
氏には、「静かな革命」以降、現在までの半世紀のあいだにケベックとフランスの関係がいかに変化してきたか、現在どのような関係が築かれているかなどについて、委員会の活動との関わりでお話しいただいた。「共通の記憶の場」というのは、ケベック市のPlace Royaleのような実際の場所だけでなく、歴史的な出来事、filles du roiのような人物、文学作品や歌のような無形文化財など様々なものを含む。委員会の活動は、それらを掘り起こし、目録を作成し、記念の年にシンポジウムや展覧会を開催し、ネットや出版物で広報するなど、多岐にわたる。
1967年にド・ゴール大統領がケベックを公式訪問してから来年で50年。そのときの言葉(今フランスがケベックにたいして行う支援は、将来何倍にもなって返ってくるだろう)は現実のものとなり、今やケベックとフランスは様々なかたちで対等な協力関係を築いているばかりか、留学生数などについては完全な輸入超過状態である。ケベックはフランスにとって、政治・経済的にも、言語・文化的にも北米における重要な足場となっている。かつてアブラハム平原での戦いに援軍を送らなかったフランスにたいしてケベックの人々が抱いていた恨みの念は、250年の時を経て「記憶の場」の奥深くに眠るときが来たようだ。(文責:小倉和子)

(写真撮影:河野美奈子)